犬に時間の感覚はあるのか【穴澤賢の犬のはなし】

Vol.49 犬に時間の感覚はあるのか

一般的に、犬には時間の感覚がないといわれている。犬に限らず、人間以外の動物には時間の概念がなく、ただ「今この瞬間」を生きているという。時間や暦は人間が勝手に決めているだけなので、動物がそれを理解しているとは思えないが、はたして彼らには本当に過去も未来もないのだろうか。個人的な経験から、犬についてはどうも違うような気がする。

まず、過去についてはほぼ間違いなく認識しているはずだ。大吉もそうだが、初めての場所を訪れた際には、それが屋外でも屋内でも「ここ、どこ？」という感じで物珍しそうにキョロキョロしながら、しきりにニオイを嗅いでいる。それが２度目、３度目となるにつれ「ここ、知ってる！」に変わっていく。何度も訪れる友人の家などは、まさに勝手知ったる感じで、玄関をあがるとスタスタと勝手に階段を登っていったりもする。これは過去を認識しているのではなく、記憶というべきなのかもしれないが、少なくとも過去の出来事が経験値として現在に反映されている。

朝と夕方の散歩の時間もしっかり把握している。大吉の場合、朝は６〜７時ころ、夕方はだいたい16時くらいになると散歩に行くのだが、起きてすぐの朝はまだいいとして、夕方の散歩の催促が驚くほど正確だったりする。ちょっと仕事に集中して忘れていたりすると、トコトコと隣にやってきてはこっちを見上げながらしっぽをふってアピールしてくる。で、時計を見ると16時だったりするのだ。誤差が５〜10分程度のことが多い。これも習慣や腹時計といえばそうなのだろうが、かなり精度のいい腹時計を持っているらしい。

過去だけではなく、犬は未来も認識しているのでないかと思う。ただそれは遠い将来ではなく、ごく近い未来に限るが、たとえば出かける準備をしていると「もしかして、いっしょにどこか出かけたりする？」という期待の眼差しを向けてくる。これなどは、過去にあったことから、これから起こることを予測しているわけで、未来を認識しているといえるのではないだろうか。

もっというと、犬は曜日の感覚すらあるのではないかと思うことがある。出かける準備で色めき立つのは、ほぼ週末限定だからだ。平日、仕事の打ち合わせなどに出かける支度をしているときは、だいたい「あー、出かけるのね」くらいの顔で興味なさそうにしている。ところが、休日に着替えたりしていると、なぜか落ち着きがなくなるのだ。別に何か声をかけたわけでもないのに。もしかしたら、仕事のときと遊びのときの微妙な服装の違いなどを察知しているのかもしれないが、平日の日常生活と、休日の違いがなんとなくわかっているのではないかと感じさせることが多い。

また犬は「時間の長さ」は認識できておらず、数時間後に会おうが１週間ぶりに会おうが「再会の喜び」に違いはないともいわれたりするが、個人的にはこれも違うような気がする。大吉は基本的にお出迎えはしない。２時間程度の外出から帰ると、ソファーの上などで寝そべったまま「あ、帰ってきた」くらいの顔しかしない。それが４時間を越えてきたあたりから、帰った途端に玄関までダッシュしてきて、前足でドーンと体当たりしてきたりする。これはお出迎えではなく、恐らく「どこ行ってたんだよもう！」という不満のアピールかもしれないが、留守番の長さで態度が変わることから、少なくとも時間の長さは認識しているものと思われる。

以上のようなことから、犬は「今この瞬間」だけでなく、過去や未来もかなり認識して生きているのではないかと思う。ただ、犬というのは、思っている以上に飼い主のことを観察している。ちょっとした動きや表情から、あらゆることを読み取っていて、それに反応しているだけなのかもしれない。いっしょにいる時間が長ければ長いほど、その傾向が強くなる。そうやって共に暮らす中でいろいろなことを理解していきながらどんどん「（飼い主から見て）人っぽく」なっていく。大吉は８月で３才になるが、１才のころに比べると、さまざまな面で人っぽくなってきたように思う。

そういう意味で、富士丸はもっと「人っぽい犬」だった。飼い主を観察しているとはいえ、車での移動中に後部座席で眠っていたのにカーナビが「まもなく目的地周辺です」と告げた途端にむくっと起きたりするのは謎だった。もしかしたら本当にカーナビの言葉を（音として）理解していたんじゃないかと思ったほどだった。ちなみに大吉はまだそこまでいっていない。家の近所に帰ってくると、窓の外の景色を見てソワソワする程度だ。